樋口宗孝という存在-3巻-

最近良く感じる。

若いころは出来たけどな~。などという言葉がどれだけ納得しやすい言い訳か。という事。

「「「判断」」」

これですよ。若くたって歳とったって、その時の判断が未来をつなげていく。

判断力が鈍るというか、、いろいろ考えすぎていい判断が出来なくなってくる。

何も考えない判断力が高校を終わるころにはあって(笑)

なんの根拠もツテもなしに東京に飛び出したわけです。

高校の時はホント文化祭でキャーキャー言われて、モテにモテまくったな~(笑)

そんな私も東京で強烈な洗礼を受ける。

紆余曲折あって1年もしないうちにバンドが組めたんだけど、まずはオリジナルのフレーズ作り地獄。

そして、テンポ地獄。(笑)

メトロノーム聞きすぎて、寝ても覚めても「カチ・カチ・カチ」何をしてても「カチ・カチ・カチ」それほど聞いたな~。

でも、今はもう鳴りやみましたが。(笑)

そんな東京でのホームは今は無き「川口モンスター」と、今もまだある「神楽坂エクスプロージョン」で、ライブやりまくりましたね~!

ダントツ下っ端の僕はいつも機材車担当、朝一番に動いて夜最後まで動いてるパターン(笑)

東京にいたころのアマチュア界は空前のバンドブーム。ま、世間的にはかな。

実際現場は少し下がって来てたと思うけど。

表面と中身のタイムラグですね。

そんな活動中に

「よく聞くのなに?」

「LOUDNESSです。」

えー、ジャパメタ?ダサいじゃん!!

「ドラマー誰が好き?」

「樋口宗孝です」

えー、どこがいいの?

という時代でした。(笑)

自分たちもジャパメタなのに。。。

とか、

外タレかぶれどもが!!

って思ってましたけど(笑)

日本人であるという変えようのない事実をまず受け止めてロックしろよ!と。(笑)

でも、オリジナルに明け暮れていたこの頃は樋口さんを追いかける事も減って来ていたのは事実です。

ちょうどLOUDNESSもドタバタし始めたころだったし。

1人暮らしを始めて間もないころに出たSOLDIER OF FORTUNEのTWENTY-FIVE DAYS FROM HOMEがやけに身にしみたのを覚えてます。そんな東京生活も4年という月日で終止符を打つのです。

中学高校の頃から樋口さんの事は知っていて、興味もあって、、LOUDNESSもアルバム出るたびに買って、、でも、どちらかというと後に爆発するように、潜在的に蓄積されていた時期なんだと思います。樋口さんが。

CRAZY SPOT 31(クレスポ31)伊豆土肥

CRAZY SPOT 31(クレスポ31)伊豆土肥

伊豆市土肥に拠点を置く。 <事業内容> ■企画・プロデュース■ブッキング■音響・オペレーター■楽器レッスン■飲食店■    オーナーはドラマーです。 (過去の主な共演。Marcy・SHARA(EARTHSHAKER)・山本恭司(BOW WOW)・二井原実(LOUDNESS)・山下昌良(LOUDNESS)Jimmy(44MAGNUM)・下山武徳( SABER TIGER) etc.....<敬称略>

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